仏教 × 地獄
「地獄」ときいても、いまとなっては遠いあの世というイメージや、そんなものはないと思う方が多いかもしれません。
それでも、地獄は“こわいところ”という子どもの頃に思い描いたような共通イメージがあるのも事実ではないでしょうか。
しかし哲学者・梅原猛は著書『地獄の思想』の中で、
地獄――自分の魂の底に見える「生の暗さ」だと述べています。
ここでは『地獄の思想』を片手に、平安~鎌倉時代の僧たちが地獄とどう向き合い、そこからどのように救いを見出そうとしたのかを考えてみたいと思います。
地獄とは、自分の心の暗さ
梅原氏はまずその著書で、現代の私たちは死や苦しみ、争いから目をそらして、なんとなく明るい未来ばかりを思い描いていないだろうか、と問いかけます。そして、自分の生き方をまっすぐ見つめ直すために、いま一度「地獄」を見つめることが大切なのだと説きます。
源信 ―― 浄土を願い、念仏を唱える
平安時代の僧・源信は、地獄を含む苦しみの世界(六道)から逃れて、苦しみのない浄土を目指しなさいと説きました。そのために常に阿弥陀仏の浄土を心に思い浮かべ、念仏を唱えることを勧めます。地獄のような厳しい現実から目をそらすのではなく、それを受け止めたうえで、心の中に救いの世界を思い描こうとする――そんな姿勢です。
源信が亡くなってからおよそ100年後、末法(仏の教えが力を失っていくとされる時代)への不安が世の中に広がっていきます。そんな時代のなかで登場するのが、法然です。
法然 ―― 自力をたのまず、口で称える念仏へ
法然は、末世に生きる罪深い私たちが、自分の力だけで救われることなどあり得ないと考えました。そこで、口に出して「南無阿弥陀仏」と称えるだけでいい、という念仏の道を示します。
救いようのない存在である自分を、阿弥陀仏への信仰によって救ってもらう――源信の教えを、さらに誰にでも歩める道へと開いたのが法然でした。
親鸞 ―― 悪人こそが、救いの対象である
そして法然の弟子である親鸞は、この考え方をさらに発展させます。
親鸞は、末法の世に生きる人間は誰もが「悪人」なのだと考えました。けれど、その悪なる人間こそ、阿弥陀仏が救おうとしている相手なのだ、というのです。師である法然の教えを受け継ぎながらも、病み、救いようのない人ほど、仏はいっそう深く慈しんでくださるのだと説く、親鸞ならではの発想でした。
親鸞にとって、悪は忌み嫌うべきものではありませんでした。むしろ、自分のなかの悪を徹底的に見つめることでこそ、救いが生まれると考えたのです。
この「見つめる」という姿勢の根っこには、源信が大切にした観心(自分の心をじっと見つめる修行)の伝統が流れているのかもしれません。
地獄が、救済の道になる
梅原氏は、地獄とは欲望や渇望にとらわれた苦しみの世界であり、そこに生きる人間は、悪い結果になるとわかっていてもどうすることもできない、いわば「無明の世界の住人」なのだと表現します。
――親鸞の思想は、そんな人間のありのままの姿をまっすぐに見つめたうえで、それでもなお、彼らこそが救われるべき存在なのだと肯定したのです。
悪を受け入れ、地獄をまっすぐ見つめることで生を尊ぶ――これは日本という国で育まれた仏教観ではないでしょうか。
地獄を見つめることは 生きる喜びを得ることである、と。
参考文献:梅原猛『地獄の思想』
